漆章:光電融合 ―― 物理法則を書き換える「光の回路」
漆章 光電融合 ―― 物理法則を書き換える「光の回路」
陸章で我々は、論理の言葉を「3進数」に変えた。 だが、その論理を動かす「物理的な身体」が、既存のシリコンチップ(電気)のままでは意味がない。 電気が銅線を通る限り、抵抗による発熱(ジュール熱)という物理の壁は超えられないからだ。
日本が放つ第二の矢、それが**「光電融合(Photonics-Electronics Convergence)」**だ。 チップの中まで「光」を通すことで、物理法則そのものを書き換える。
■ 魔改造:TPU v7 から v10 “Zetta” へ
弐章で、我々はGoogleから**「TPU v7」の設計図を入手した。 我々は、この世界最高峰の設計図をベースに、日本の独自技術を注入する「魔改造」を行う**。
最大の違いは、もはやシリコン上の「電気回路」ですらない点だ。
- ベース: Google TPU v7の「行列演算ユニット(MXU)」の設計思想。
- 改造点1(配線): 電子を運ぶ銅線を、光子を運ぶ**「光導波路」**に全て置換。
- 改造点2(演算): 電子のトランジスタを廃止し、光の波を制御する**「3値光ゲート(光干渉計)」**を搭載。
■ 光で「3進数」をどう表現するか?
電気のように電圧(+5V, 0V)を変えるのではない。光の**「位相(波のタイミング)」**を使う。
- 状態 +1: 波の山(位相 0)
- 状態 -1: 波の谷(位相 π)
- 状態 0: 光がない(無 / Null)
この3つの状態の光をぶつける(干渉させる)ことで、一瞬にして足し算や掛け算を行う。これが**「光論理演算」**だ。 電気スイッチのパチパチという切り替えではなく、光の波が重なり合う自然現象を利用して計算するのだ。
※技術的注釈:なぜ位相多重(PDM)を使わないのか? 通信の世界では位相をずらして信号を増やす技術があるが、本機では位相そのものを「数値(+1/-1)」として消費している。そのため、位相空間は計算のために占有されており、タスクを増やす(多重化する)ためには使えない。これが次章で述べる「物理的なレーン数」を必要とする理由だ。
■ 次元の超越:3Dテンソル演算
ここが最大の革新だ。 従来の電気回路は、配線が交差するとショートするため「2次元(平面)」にしか作れなかった。 しかし、光は交差しても互いに干渉せず、素通りする(透過する)。
この性質を利用し、我々は回路を**「3次元(立体ジャングルジム構造)」に組み上げる。 AIの行列データ(テンソル)をスライスすることなく、「立体のまま」**光を通すだけで、一瞬で演算が完了する。
■ 2.5 ZettaFLOPS の数理的根拠
「本当に今の1000倍もの性能が出るのか?」 その答えは、以下の物理係数の掛け算によって証明される。
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速度(Hz)の革命: 電気回路の限界は数GHz(熱が出るため)だが、光の周波数は数百THz。これだけで処理速度は1,000倍になる。
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色(Color)の革命:マイクロコム(Micro-comb) ここが日本の技術の真骨頂だ。 通常、100色(周波数)の光を使うには100個のレーザーが必要で、装置が巨大化してしまう。 しかし我々は、たった1つの光源から数百の異なる色の光を生成する**「光周波数コム(マイクロコム)」**を採用した。
これにより、お弁当箱サイズの端末(Home-8)の中に、数百台のサーバーに匹敵する並列処理能力を詰め込むことができる。これで100倍の並列化だ。
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論理(Logic)の革命: 陸章で述べた「3進数」により、情報密度が1.58倍に高まる。
既存のシリコンチップと比較して、理論上のポテンシャルは10万倍以上。 現実的なボトルネックを考慮しても、目標値である**2.5 ZettaFLOPS(毎秒25垓回)**への到達は、物理的な必然なのだ。
■ アナログの弱点を補う「ハイブリッド・アーキテクチャ」
光アナログ演算は「重い計算」は得意だが、ルーターのパケット制御や単純なスイッチ操作のような「小回りの効く制御」は苦手だ。 そこで、TPU v10 “Zetta” は、単独の光チップではない。
- 光コア(Optical Core): 行列演算、画像認識、生成AIなどの「右脳」的処理。
- デジタルコア(Digital Core): 通信制御、デバイス管理、割り込み処理などの「左脳」的処理。
この2つを1つのチップに封入した**SoC(System on Chip)**とすることで、従来のコンピュータの利便性を維持しつつ、AI処理能力だけを異次元に引き上げている。
■ 通信の革命:パケットからの解放
従来のインターネットは、データを小分けにしてバケツリレーする「パケット交換方式」だった。これでは途中のルーターで遅延が発生する。 我々のネットワークは違う。
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光回線交換(Optical Circuit Switching): 発信元(家庭)と送信先(原発要塞)の間で、特定の「波長(色)」を予約する。 すると、その経路上の全ての分岐点は鏡の角度を変え、**「物理的に一本に繋がった光のトンネル」**が開通する。
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ノー・パケット(No Packets): このトンネルの中では、デジタル信号への変換も、宛先の確認も不要。 光は、何も遮るもののない真空を進むように、遅延ゼロで日本の端から端まで突き抜ける。 これが、数百キロ離れたデータセンターを「1つのチップ」と見なせる物理的根拠だ。